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仙台高等裁判所 平成7年(行ケ)3号 判決

原告 仙台高等検察庁検察官

被告 森内勇

主文

一  平成七年四月九日施行の青森県議会議員一般選挙における被告の当選は、これを無効とする。

二  被告は、本判決が確定した日から五年間、青森市選挙区において行われる青森県議会議員選挙において、公職の候補者となり、又は公職の候補者であることができない。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  被告は、平成七年四月九日施行の青森県議会議員一般選挙(以下「本件選挙」という。)に青森市選挙区から立候補して当選し、同月一二日、青森県選挙管理委員会からその旨告示され、現在、同県議会議員に在職中のものである。

2  下ノ村秀樹(以下「下ノ村」という。)は、株式会社ミサワホーム青森(以下「本件会社」という。)の代表取締役であったが(平成七年五月二二日取締役辞任)、本件選挙に当たり、同年三月二八日ころ、被告のため、同社の会社組織により選挙運動を行うことにつき、被告と意思を通じた。すなわち、

(一) 下ノ村は、同年一月下旬ころから、来るべき本件選挙に際し、かねてから親密な間柄にあった被告のため、会社を挙げて選挙の応援をしたいと考えていたところ、同年三月上旬ころ、被告の後援会事務所が設けられたことを知り、同月中旬ころ、本件会社の取締役建設部長である梅森正義(以下「梅森」という。)及び開発部次長(同年四月一日から開発部長)である三浦恒勝(以下「三浦」という。)と相談した結果、同社の本社における朝礼の際、被告を招いて立候補の決意表明をさせるとともに、これに出席した同社の従業員らに対し、被告のため投票及び投票取りまとめ等の選挙運動を依頼する挨拶をさせること、さらに、慰労会名目で本件会社の下請業者多数を集めての会食の席を設け、その席に被告を招き、出席した右下請業者らに対し、被告から前同様の挨拶をさせること等、被告のため会社組織による選挙運動を展開するとの方針を決定し、梅森及び三浦とともにその準備に取り掛かった。

(二) 下ノ村の指示を受けた三浦は、同年三月一九日ころ、被告方に電話をかけ、同人からその都合を聞いた上、前記会食の日を同年四月一日と決め、被告からこれに出席方の応諾を受け、さらに、同年三月二五日ころ、被告の支持者を集めて青森市内のホテルで開催された総決起大会に本件会社従業員らを率いて参加した際、被告に対し、同社従業員らの支持を取り付けるため、同月二八日に行われる同社の朝礼に被告も参列願いたい旨要請し、その応諾を受けた。

(三) 被告は、同月二八日、本件会社に出向き、朝礼に集まった同社の営業所員らを含む従業員多数を前にして、立候補の決意と支援方を懇請する挨拶をしたが、それに先立ち、下ノ村は、右従業員らに対し、被告を紹介したうえ、会社の組織を挙げて被告を応援することになった旨を宣明し、また、被告の右挨拶後、「是非とも森内先生が当選して頂けるように皆さん応援して下さい。一〇〇人が一人一〇人に声をかけて下されば一〇〇〇票になるのですからよろしくお願いします。」などと訴え、被告に対する支持、支援を呼び掛けた。

その際、被告はこれを聞きながら、右従業員らの間を回り、握手するなどして同様支持、支援を訴えた。

(四) 以上のような経緯で、下ノ村は、被告のため、本件会社の組織により選挙運動を行うことにつき被告と意思を通じた。

3  下ノ村、梅森及び三浦らは、同年三月中旬ごろから、被告のため本件会社の組織により選挙運動を行っていた。すなわち、

(一) 下ノ村は、同年三月下旬ころから、被告のため会社を挙げて選挙運動することを考え、被告に対する支持を取り付けるため、前記朝礼及び会食の席の二回にわたる被告招へいを立案し、右朝礼の際、自ら被告に対する支持を訴える挨拶をしただけでなく、右会食の席上においても、出席下請業者らを前にして「当社としては、今回の選挙で森内先生を応援しています。是非先生に当選して頂きたいと思っています。四〇人の方が一人一〇人紹介して下されば四〇〇票になります。皆さんよろしくお願いします。」などと挨拶して被告に対する支持を訴えたほか、被告の後援者名簿用紙を本件会社の関連下請業者らに配布して支持者を獲得するという梅森が提案した選挙運動を了承し、三浦に指示して、本件会社の本社従業員らに対する同様の配布ともどもこれを実施させた。

(二) 梅森は、同年三月中旬ころ、下ノ村の指示を受けて、前記会食の席を設営するに当たり、会場の手配、酒食の選別、予算の計上と支出指示、下請業者の選定、案内状の起案、会場における被告のパンフレットの配布手配等の下準備一切を取り仕切り、その当日には、司会者等細部の担当者を指名するなどし、右段取りに従ってこれを実施したほか、同年四月七日ころ、被告の妻らとともに下請業者を回り、被告の後援者名簿用紙とパンフレットを配布しながら被告に対する支持を訴えて回った。

(三) 三浦は、前記2の(二)記載の選挙運動をしたほか、下ノ村の指示を受けて、被告の後援会事務所から後援者名簿用紙を取り寄せ、同年三月二〇日ころ、本件会社の各営業所にこれを配布させ、同会社従業員らに署名をするよう指示し、また、同年四月一日の供応会場において、本件会社従業員らとともに被告の後援者名簿用紙とパンフレット、名刺等を出席業者らに配布し、被告に対する支持を訴えた。

4  下ノ村、梅森及び三浦の三名は、前記2及び3記載のとおり、右選挙運動において、それぞれ当該選挙運動の計画の立案等のほか、当該選挙運動に従事する者の指揮等を行っていた者であり、いずれも公職選挙法(以下「法」という。)二五一条の三第一項にいう「組織的選挙運動管理者等」に該当する。

5  ところで、下ノ村、梅森及び三浦の三名は、本件選挙に際し、共謀の上、青森市選挙区から立候補した被告に当選を得させる目的で、平成七年四月一日、青森市新町一丁目一一番二二号アラスカ会館において、同選挙区の選挙人である小泉義光ら三一名に対し、被告のため投票及び投票取りまとめなどの選挙運動を依頼し、その報酬として一人当たり約五七〇五円相当の酒食等の供応接待をし、もって、法二二一条一項一号の罪を犯した(以下これらを「本件選挙違反」という。)ところ、同年六月八日、青森地方裁判所において、右の罪により、下ノ村は禁錮以上の刑に該当する「懲役一年(執行猶予五年)」に、梅森及び三浦の両名は同じく「懲役一〇月(執行猶予五年)」にそれぞれ処せられ、これらの刑は、いずれも同月二三日確定した。

6  よって、検察官である原告は、法二五一条の三第一項により、本件選挙における被告の当選は無効であり、かつ、被告は本件についての原告勝訴の判決が確定した時から五年間、青森市選挙区において行われる青森県議会議員選挙において、公職の候補者となり、又は公職の候補者であることができないと認めるので、法二一一条一項に基づき、請求の趣旨記載の判決を求める。

二  被告の主張

1  本案前の抗弁

(一) 青森警察署は、下ノ村らが平成七年四月一日に行ったとされる供応行為(以下「本件供応行為」という。)について、すでに同年三月二三日の時点で、その日時、場所及び出席者のほぼ正確な内容を把握していたが、同警察署には、これから行われようとする供応行為を防止すべく試みた形跡がないばかりか、本件供応行為が行われた当日、捜査員を現場に張り込ませ、出席者の状況、会場の様子、席の配置、提供された料理の内容までつぶさに視察させた。被告は、昭和五四年四月の青森県議会議員選挙で初当選して以来、本件選挙による当選の前まで連続して四期一六年間、県議会議員の生活を送ってきたものであるが、その間、警察との間で軋轢を生ずるような様々な出来事があり、その結果、同警察署の一部から一方ならぬ恨みを抱かれることとなり、追い落としの機会を狙われていたのであって、右一連の経過をみると、同警察署には、本件供応行為について、これを未然に防止しようとする考えは全くなく、逆に、あえて事を順調に運ばせたうえで検挙しようという強い目的があったと窺えるものであり、これは、同警察署が、単に犯罪検挙を犯罪防止に優先させただけではなく、同警察署ひいては青森県警察の一部の者の被告個人に対する怨念により、たまたま得た情報が被告に関するものであったことを奇貨として、警察の職務をあえて放棄して、被告の追い落としを企図したものといわざるをえない。

(二) そもそも犯罪の予防は警察の責務であって(警察法二条一項、警察官職務執行法五条)、青森警察署は、事件当日の約一〇日前に本件供応行為の極めて正確な情報を得ていたのであるから、関係者に対し、一片の警告を発することにより本件供応行為を未然に防止することができたことは容易に予想できたことであり、それにもかかわらずあえてその防止に向けての措置を何ら講じなかったことは、ことさら犯罪を成立せしめようという積極的な意思を有していたといわざるをえず、同警察署の右の一連の行為は、警察に課せられた犯罪防止の責務に著しく違背する違法なものというべきである。

(三) いわゆる新連座制に基づく訴訟は、他人が犯した選挙犯罪を理由に公職の候補者又は公職の候補者となろうとする者(以下「公職の候補者等」という。)であった者に致命的な結果を与え、政治家として政治生命を奪うものであるから、より慎重かつ公正な対応が要請されるところ、この訴訟の提起が公権力の行使であることの性格上、訴提起にあたっては、正義の要請する制約が内在するというべきであり、また、いわゆる新連座制が、選挙浄化の努力を怠った公職の候補者等に対する制裁という性格を有するものとされているのであるから、犯罪防止という極めて重大な責務に違背し自ら意図的に選挙犯罪が惹起されるのに任せた公権力が、他方で当該犯罪結果に基づき、この制度の適用という制裁を公職の候補者等であった者に加えようとすることは、それ自体が自己矛盾であり、新連座制適用の基礎となる選挙犯罪に対する捜査における公権力の行使に違法があった場合には、もはや、検察官は、公権力の行使に内在する制約により、当該選挙犯罪に係る当選無効等を求める訴訟を提起することは許されないというべきである。

本件においては、前記のとおり、警察に特定の個人の追い落としを目的とし、かつ、そのために警察の責務をあえて放棄する等の事情があったものであり、その捜査は違法といわざるをえず、当該捜査結果を前提として、検察官が当選無効等を求める訴訟を提起することは許されないというべきであるから、本件訴えは不適法として却下されるべきである。

2  請求原因に対する認否

(一) 請求原因1の事実は認める。

(二)(1) 同2の冒頭の事実中、下ノ村が本件会社の代表取締役であったことは認め、その余は否認する。

(2) 同2(一)の事実は否認する。

(3) 同2(二)の事実中、被告が三浦から四月一日の会合に出席するかどうかの電話を受けたこと、同年三月二八日の本件会社の朝礼に出席するかどうかの連絡を受けたこと、被告がこれらに出席したことは認め、三浦が同年三月二五日の総決起大会に出席していたことは知らない。その余の事実は否認する。

(4) 同2(三)の事実中、被告が同年三月二八日の本件会社の朝礼で挨拶したことは認め、その余は否認する。

(5) 同2(四)の事実は否認する。

(三) 同3の冒頭の事実は否認し、(一)ないし(三)の各事実は知らない。

(四) 同4の事実は否認する。

(五) 同5の事実中、本件選挙違反により、下ノ村が懲役一年(執行猶予五年)に、梅森及び三浦の両名が、懲役一〇月(執行猶予五年)にそれぞれ処せられ、これらの刑がいずれも同月二三日確定したことは知らない。その余の事実は否認する。

3  請求原因に対する反論

(一) 法二五一条の三第一項の構成要件と立法趣旨

(1) 法二五一条の三第一項の立法趣旨は、その第二項三号との関係に照らすと、公職の候補者等が、「選挙犯罪を防止するために相当な注意をすることが可能な組織」、「選挙運動を浄化する義務を負うべき関係にある組織」との間で、その組織性を認識し、そのような組織によって選挙運動が行われることについて、その組織的選挙運動を支配する実権を持った者との間で「意思を通ずる」ことによって組織的選挙運動がなされた場合、右組織の選挙運動管理者等が選挙犯罪を犯したときに、当選が無効とされるとともに立候補が禁止されることにある、と解すべきである。したがって、「選挙犯罪を防止するために相当な注意をすることが可能な組織」、「選挙運動を浄化する義務を負うべき関係にある組織」とは、公職の候補者等が、選挙犯罪を防止し組織の選挙運動を浄化できるよう、その組織の構成員が公職の候補者等のために選挙運動をするための強い結びつき、換言すると、選挙運動のための強い人的結合(選挙運動を目的とする指揮、監督、命令系統があり、選挙運動のために相互に役割分担がなされている統一的人的結合集団、連合集団)があり、かつ、その選挙運動の中心となってその選挙運動を支配する実権を持った中心的人物と公職の候補者等との間に、公職の候補者等が選挙犯罪の防止を要請できる程度の強い人的結合が存在することを要するものと解すべきである。

(2) 「組織的選挙運動」について

法二五一条の三の適用によって、当選無効、立候補禁止という憲法上の基本的人権に制約を加えるだけでなく、公職の候補者等に投票した多数の有権者の信を無に帰せしめるという極めて重大な結果が招来されるのであるから、同条にいう「選挙運動」の定義は、あいまいもしくは漠然としたものでは足りず、かつ、必要最小限度のものとされるべきである。

したがって、「組織」とは、特定の公職の候補者等の当選を得せしめる目的のもとにその選挙運動について指揮、監督、命令系統があり、選挙運動のために相互に役割分担がなされ、公職の候補者等が選挙犯罪を防止するために、相当な注意をすることが可能な統一的人的結合集団、連合集団であることを要し、「選挙運動」とは、「特定の公職の候補者等の当選を得させるために行う勧誘もしくは誘導行為及びこれに付随する必要な行為」と考えるべきであり、これを「組織」と関連させると、「組織的選挙運動」とは、客観的にみて投票獲得行為の色彩を強く帯びる場合、たとえば、組織が一体となって第三者に対し投票又は投票の取りまとめの働きかけを依頼するような場合のみをいう、と解すべきである。

本件における「挨拶の場の提供」については、少なくともある会合で公職の候補者等に挨拶をさせること自体は、それに連続性がありかつ他の直接的な投票の勧誘もしくは誘導行為等の一環として行われるものでない限り、同条にいう選挙運動には該当しないというべきである。

(3) 「組織的選挙運動管理者等」について

組織的選挙運動管理者等とは、当該選挙運動の計画の立案若しくは調整を行う者又は当該選挙運動に従事する者の指揮若しくは監督を行う者、その他当該選挙運動の管理を行う者であるが、

〈1〉 当該選挙運動の計画の立案若しくは調整を行う者とは、選挙運動全体の計画の立案又は調整を行う者をはじめ、ビラ配り計画、ポスター貼り計画、個人演説会の計画、街頭演説等の計画を立て、その流れの中で調整を行う者、いわばヘッドクオーターの役割を担う者である。

〈2〉 当該選挙運動に従事する者の指揮若しくは監督を行う者とは、ビラ配り、ポスター貼り、個人演説会、街頭演説等への動員、電話作戦等にあたる者の指揮監督を行う者、いわば前線のリーダーである。

〈3〉 その他当該選挙運動の管理を行う者とは、選挙運動の分野を問わず、〈1〉〈2〉以外の方法により、選挙運動の管理を行う者、すなわち、選挙運動の中で後方支援活動の管理を行う者である。

右の「立案若しくは調整」、「指揮若しくは監督」、「管理」の範囲を広くとらえすぎると、買収等の選挙犯罪に走らないよう注意することが不可能であるにもかかわらず、末端の管理者等が買収罪等を犯した場合にまで、当該公職の候補者等を当選無効等とすることになり、立候補の自由ひいては政治活動の自由を侵し憲法一五条に違反することになるから、「組織的選挙運動管理者等」とは、右の〈1〉ないし〈3〉の一に該当するだけでなく、少なくとも運動の根幹に関わり、その在り方を決定し、多数人を指揮する立場にあり、選挙運動において一定の重要な地位を占める者でなければならない、と解すべきである。

(4) 「意思を通じて」について

「公職の候補者等と意思を通じて組織により行われる選挙運動」とは、公職の候補者等と選挙運動組織の「総括者」との間に選挙運動についての意思の連絡を必要とし、「総括者」とは、選挙運動組織全体の具体的な意思決定を行いうる者である。

公職の候補者等と組織との間で「意思を通じた」というためには、少なくとも公職の候補者等がある程度具体的に組織体を認識したうえで、当該組織体による選挙運動が行われることをその組織の総括者との間で相互に了解しあっていなければならない。換言すると、一方で組織を挙げて応援していただこう、他方では組織を挙げて応援しようという状況にあることが必要である。そして、この相互の了解があるというためには、公職の候補者等において、「どういう組織体が」「どういう選挙運動をしていただくのか」という「ある程度具体的な予想」をもっていなければならない。したがって、「意思を通じた」というためには、公職の候補者等において、当該組織が前記(1)のとおりの集団であることまでも認識していることが必要なのであって、過去に何らの選挙運動の実績もなく、また、後援会員であるなどの特殊な関係にもない団体については、とりわけ選挙運動のための体制を整えこれに臨むなどの特別の状況がない限り、意思を通じたとはいえないというべきである。

(二) 本件について

(1) 組織的選挙運動はあったか

(ア) 本件会社は被告のための選挙運動組織といえるか。

本件会社及びその社員は、被告の選挙対策本部、後援会、政経会の構成員でもなく、被告の選挙対策本部において、被告の選挙運動組織として認識、把握されていなかった。

本件会社においては、特定の政党、特定の公職の候補者等を支持しない基本方針があり、組織を挙げて被告のためのみの選挙運動を主体的に展開することができない事情や実態があった。

被告の選挙対策本部、後援会、政治団体及びこれらと同視しうるような特殊な関係をもった会社などの組織を「組織的選挙運動を行う組織」というべきで、本件会社はこれに該当しない。

(イ) 朝礼や下請業者との会食設営が組織的選挙運動か

〈1〉 朝礼は、本件会社において日常的に業務上行われているものであり、本件会社が被告の選挙運動のために組織として人的に結合し、役割分担したうえ設営したものではない。

〈2〉 原告の「本件会社の従業員に対する組織的選挙運動である」旨の主張は、本件会社が組織的選挙運動の主体であると主張する反面、本件会社社員を組織的選挙運動の客体であるとする矛盾した主張である。

〈3〉 「挨拶の場の提供」は、それに連続性があり、かつ、他の直接的な投票の勧誘もしくは誘導行為等の一環として行われるものでない限り、選挙運動に該当しないというべきところ、本件会社の組織が従業員に対し連続的に直接的な投票の勧誘行為等、組織的に選挙運動を展開した事実はない。

〈4〉 被告は、本件会社を選挙運動をなす「組織」として認識しておらず、本件会社の幹部に対し「組織的選挙運動」を依頼もしていなかったもので、被告において、選挙運動組織と「意思を通じた」ことはなかった。

(ウ) 下請業者との会食が組織的選挙運動か

下請業者との会食は、本件会社において、以前から業務の必要上行われているものであり、四月一日に行われた会食も本件会社の日常の業務の一環として行われたものであり、本件会社が被告の選挙運動のために役割分担したうえ、設営したものではなく、被告のためにする組織的選挙運動ではなかった。このことは、三月の工事促進に寄与しなかった業者を除外し、選挙区以外に住所を有する業者や他の議員を強力に支持している業者にも案内状を出していることから明らかである。

また、会食の出席者には右のような者が含まれていること、本件会社には、近日株式上場の予定があり、会社のために業務上「ごくろうさん会」を開催する必要性があったこと、その他被告と本件会社との関係に照らすと、本件会社が被告にとって選挙犯罪を防止するために相当な注意をすることが可能な組織とはいえず、被告が本件会社に対し右会合の中止を要請できるような状況でもなかった。

(2) 下ノ村らは「組織的選挙運動管理者等」か

(ア) 下ノ村は、株式会社の代表取締役ではあっても、既存の組織を利用して選挙運動につき具体的な意思決定を行う者でなく、「総括者」には当たらない。

(イ) 梅森が下請業者との会食に関して、部下の西塚に稟議書を作成させ、受付司会等を指示実行させ、三浦に会場の手配をさせたことは、下請業者を統括する建設部長として業務上当然のことをしたまでであり、被告のための組織的選挙運動の指示、監督をしたものではない。

(ウ) 営業所従業員を朝礼に出席させることは、業務上当然のことであり、三浦が事務所開き、総決起大会へ出席したことは、本件会社の組織的選挙運動の一環としてなされたものではない。

(エ) 本件会社は、後援会に該当しないし、本件会社の中には、会社の業務の指揮命令系統とは別個独自の選挙運動のための人的結合も存在しなかった。本件会社は、会社の指揮命令系統を使う形でも、それとは別の指揮命令系統を使う形でも選挙運動を展開したものではない。

(3) 被告は本件会社と「意思を通じた」か

(ア) 被告が朝礼において、下ノ村の社員に対する話を聞いたとしても、「森内先生です。皆さんよろしくお願いします。」程度のもので、下ノ村は「会社で森内先生を応援します」、「一〇〇人が一人一〇人に声をかければ一〇〇〇票になる」などについては、被告の前で話しておらず、被告はこれを聞いていない。

(イ) 被告が出席挨拶の機会をもった団体、会社全てが組織を挙げて被告の選挙運動を行っているものではなく、被告にもそのような認識はない。被告において組織を挙げて被告ために選挙運動をしてくれる団体、会社であると認識しているのは、後援会の構成員である会社、ビラ貼り、電話作戦等のための人員もしくは街宣あるいは連絡用車両を提供してくれる会社、過去の選挙で選挙運動を展開してくれた団体などである。

(4) 刑事事件との関係

(ア) 下ノ村ら三名について、供応罪は成立しない。

(イ) 本件訴訟において、原告から証拠として提出されている下ノ村らの刑事事件における検察官に対する供述調書(以下「検面調書」という。)等は、「組織的選挙運動管理者等」の本件訴訟の争点について、被告が全く防御の権利を行使することができないまま作成されたものであり、被告の反対尋問権が保障されていない以上、証拠価値は存在しない。また、反対尋問権が保障されていない検面調書によって下ノ村らが組織的選挙運動管理者等であると認定することは憲法三一条、三二条、一五条に違反する。

(三) 裁量的棄却

選挙犯罪の捜査が公職の候補者等の追い落としのみを目的として恣意的に行われた場合は、当選無効等を求める訴えは法が予定し又は法に内在する制約により許容されないものとして、裁量的に請求を棄却するべきであり、下ノ村らに対する本件一連の捜査は、被告の追い落としだけを目的として恣意的に行われたものであることは前記本案前の抗弁のとおりであるから、本訴請求は裁量的に棄却されるべきである。

(四) 憲法上の問題点

(1) 漠然不明確ゆえに無効

法二五一条の三の規定は、同条にいう「組織」、「組織的選挙運動管理者等」とりわけ「その他当該選挙運動の管理を行う者」の文言があいまいで、その内容が一義的に明確にならないから、憲法三一条に違反し、無効である。

(2) 立候補の自由と国民主権

法二五一条の三の連座制は、立候補の自由・政治活動の自由、投票者の選挙権(憲法一五条)を著しく害し、国民主権の原理に反するものとして違憲無効である。

(3) 合憲解釈と適用違憲

法二五一条の三について、合憲限定的解釈が許されるとしても、同条は、「組織的選挙運動管理者等」の範囲を、選挙運動の総括主宰者、出納責任者に準じる選挙運動で極めて重要な役割を果たしたもの、すなわち、公職の候補者等が組織に対して選挙犯罪を防止するため相当な注意をすることが可能な、公職の候補者等の選対本部、政治団体、後援会あるいは実質的に右組織にほかならない団体のいずれかに所属するもので、その政治組織内で幹部役員等一定の管理者的地位にあるあるもの、と限定的に解釈する限りで合憲となる。

同条が、下ノ村らの行為に適用される限度において、制限としては合理的で必要やむをえない限度を超え、憲法一五条等に違反し無効である。本件会社は、形式上も、実質上も選策本部、政治団体、後援会等の組織とは同視しえない一般企業にすぎず、公職の候補者等である被告が、選挙犯罪を防止するため相当な注意をすることが現実に可能な組織ではなく、下ノ村ら代表者や幹部も、企業運営上の管理者的立場にはあっても、選挙運動上の管理者的立場にあるとはいえないからである。

(4) 本件訴訟手続と適正手続の原則

当選無効とされる虞のある当選人は、本来、他人の選挙犯罪による刑事訴訟手続に参加したうえ実質的に弁解防御できるようにすることが、適正手続の観点から要求され、少なくとも、当選無効、立候補禁止を求める訴訟において、他人の選挙犯罪の刑事判決が確定していても、公職の候補者等自身の権利として、他人の選挙犯罪の成否について、あらためて弁解防御の機会が与えられるべきである。

本件訴訟手続において、検察官側の検面調書が証拠として提出されている一方で、被告は下ノ村らの刑事訴訟に証人として喚問されていないどころか、十分な検面調書もとられていないのに、被告による検察官に対する証人請求は受け入れられておらず、仮に右検面調書により事実認定が行われるとすれば、被告は、下ノ村らの選挙犯罪の成否について、実質的に弁解防御を試みることができるような機会が全く与えられないことになり、かかる訴訟手続によって被告に当選無効、立候補禁止という重大な不利益を課すことは、告知弁解防御の機会を保障する憲法三一条に反する。

第三証拠(省略)

理由

第一本案前の抗弁について

一  被告は、選挙犯罪の捜査が公職の候補者等の追い落としのみを目的として恣意的に行われた場合は、当選無効等を求める訴えは法が予定し又は法に内在する制約により許容されないものというべきところ、下ノ村らの本件供応行為に対する一連の捜査は、本件供応行為を未然に防止することが容易にできたにもかかわらず、これをせず、被告の追い落としだけを目的として、警察の責務を放棄して違法に行われたものであるから、本件訴えは不適法として却下されるべきである旨主張する。

二  そこで考えるに、本件は、法二一一条一項の規定に基づき検察官が提起した訴えであるが、検察官は、法二二一条等の罪を犯し禁錮以上の刑に処せられた者がある場合において、その者が法二五一条の三第一項の規定する組織的選挙運動管理者等と認定されるときは、当該公職の候補者等であった者の当選が無効となるのであるから、当選無効等の訴訟を提起しなければならない(法二一一条一項)のであり、したがって、検察官が法二二一条等の罪を犯し禁錮以上の刑に処せられた者が組織的選挙運動管理者等であると判断したうえで法二一一条一項に基づく訴えを提起している以上、この訴が不適法なものということは通常ありえないというべきである。もっとも、検察官は公益の代表者として職務を行うべく(検察庁法四条)、ことに、公職の選挙が公明かつ適正に行われることが民主政治の根幹をなしており、「検察官、都道府県公安委員会の委員及び警察官は、選挙の取締に関する規定を公正に執行しなければならない」(法七条)とされていることに照らすならば、法二一一条一項に基づく訴えの提起自体が著しく不公正で、反公益性ないしは極めて強い反規範性を帯び、あるいは検察官の職務犯罪を構成するような極限的な場合を想定すれば、検察官の訴えが訴権の濫用として、不適法となる場合がありうることは考えられないではない。

ところで、成立の真正に争いのない乙第一号証及び同第二号証によると、青森警察署の司法警察員は、平成七年三月二三日、協力者から、同年四月一日、アラスカ会館で本件会社が指定工事店の慰労会名目で指定工事店の社長等に対し被告への投票を依頼し飲食させるとの情報を入手し、右情報に基づき、同警察署の司法警察員が、右同日、アラスカ会館の飲食会場に赴き、会合の状況を視察していることが認められるが、このことから直ちに同警察官が供応行為に対し警告を発しなければならないとまではいえないし、被告の主張にそう被告本人尋問の結果によっても、下ノ村らに対する一連の捜査が、被告の追い落としだけを目的として警察の責務を放棄して違法に行われたものであることを認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠もない。しかも、後記認定のとおり、下ノ村らは、法二二一条の罪を犯したとして懲役刑に処せられているのであって、同人らが組織的選挙運動管理者等に該当するとして提起された本件訴えが訴権を濫用した違法なものと認めるべき証拠は全く存しないから、被告の右主張は採用することができない。

第二争点

一  被告が平成七年四月九日施行の本件選挙に青森市選挙区から立候補して当選し、同月一二日、青森県選挙管理委員会からその旨告示され、現在、同県議会議員に在職中のものであることは当事者間に争いがない。

二  成立の真正に争いない甲第二号証、同第三号証の一ないし三によると、下ノ村、梅森及び三浦の三名が、本件選挙に際し、被告に当選を得させる目的で、請求原因5記載のとおり法二二一条一項一号の罪を犯したものとして、同年六月八日、青森地方裁判所において、右の罪により、下ノ村は懲役一年、梅森及び三浦の両名は懲役一〇月の各刑に処せられ(いずれも執行猶予五年)、これらの刑はいずれも同月二三日確定したことが認められる。

三  法二五一条の三第一項により、当選無効等を宣言するためには、組織的選挙運動管理者等が法二二一条の罪を犯したものとして刑に処せられたことが証明されれば足りるものである(最高裁昭和四一年六月二三日第一小法廷判決・民集二〇巻五号一一三四頁)から、本件の争点は、(一)下ノ村らが「組織的選挙運動管理者等」に該当するか、(二)本件当選無効等の請求について裁量的な棄却をすべきか、(三)本件当選無効等の請求が憲法に違反するか、の諸点である。

第三争点に対する判断

一  法二五一条の三第一項の要件の解釈について

1  平成六年法律第一〇五号により法二五一条の三が加えられ、連座制の対象者が組織的選挙運動管理者等にまで広げられたが、右規定は、公職の候補者等に対し、選挙浄化に関する厳しい責任を負わせ、公職の候補者等自らの手で徹底的な選挙浄化を行わせることにより、腐敗選挙の一掃を図ろうとするものであり、選挙運動の実態に着目し、連座制の対象者を公職の候補者等と意思を通じた選挙運動組織における、組織の上層部から末端の選挙運動責任者までの広範囲の者を含む「組織的選挙運動管理者等」にまで拡大し、公職の候補者等に、これらの者が選挙腐敗行為を行わないよう、当該組織の隅々まで目を光らせ、万全の防止措置を講ずる義務、すなわち、徹底した選挙浄化のための努力を払う義務を課すこととしたものである。法二五一条の三第一項に規定する「組織的選挙運動管理者等」、すなわち、「公職の候補者等と意思を通じて組織により行われる選挙運動において、当該選挙運動の計画の立案若しくは調整又は当該選挙運動に従事する者の指揮若しくは監督その他当該選挙運動の管理を行う者」の要件については、以上の見地に立って解釈すべきである。

2(一)  「選挙運動」について

「選挙運動」とは、特定の公職の選挙につき、特定の候補者の当選を目的として投票を得又は得させるための直接又は間接に必要かつ有利な一切の行為をいうものと解されるが、特に法二五一条の三第一項に規定する「選挙運動」を右以上に制限的に解さなければならない理由はない。具体的にある行為が選挙運動に当たるかどうかは、その行為の名目だけでなく、その行為のなされた時期、場所、方法、対象等を総合的に観察し、それが特定の候補者の当選を図る目的意識をともなう行為であるかどうか、またそれが特定の候補者のための投票獲得に直接又は間接に必要かつ有利な行為であるかどうかを、実質に即して判断すべきものである。

(二)  「組織」について

法二五一条の三第一項に規定する「組織」とは、特定の公職の候補者等の当選を得せしめ又は得せしめない目的の下に役割を分担して活動する人的結合体を指し、既存の組織かどうか、継続的な組織かどうかを問わず、規模の大小も問わないというべきである。複数の人が、役割を分担し、相互の力を利用し合い、相互に協力し合って活動する実態をもった人の集合体であれば「組織」に当たると解すべきであり、公職の候補者等自らがその「組織」もしくは総括者に働きかけ、選挙違反行為を中止し得るだけの人的結びつきがあり、公職の候補者等の指示を受け入れる関係が存在しなければならないものではないというべきであり、会社についてみれば、その構成員のうち当該選挙運動に関与している部分が組織としての実態を有していれば、その部分で「組織」が成立していることになるというべきである。

(三)  「意思を通じて」について

法二五一条の三第一項に規定する「意思を通じて」とは、公職の候補者等と組織(具体的には組織の総括的立場にある者(以下「総括者」という。))との間で、選挙運動が組織により行われることについて、相互に明示あるいは黙示に認識をし、了解し合うことであり、その場合、公職の候補者等において組織の具体的な名称や範囲、組織の構成、構成員、その組織により行われる選挙運動の在り方、指揮命令系統等についての認識までは必要でないというべきである。なお、選挙運動を行う組織の総括者とは、どの公職の候補者等を支援するか、全体としてどの程度の選挙運動を行うか等組織により行われる選挙運動全体の具体的、実質的な意思決定を行い得る者をいうというべきである。

(四)  「当該選挙運動の計画の立案若しくは調整又は当該選挙運動に従事する者の指揮若しくは監督その他当該選挙運動の管理を行う者」について

(1) 「当該選挙運動の計画の立案若しくは調整を行う者」とは、選挙運動組織の一員として、選挙運動全体の計画の立案または調整を行う者をはじめ、ビラ配りの計画、ポスター貼りの計画、個人演説会の計画、街頭演説等の計画を立てる者やその調整を行う者等で、いわば司令塔の役割を担う者

(2) 「当該選挙運動に従事する者の指揮若しくは監督を行う者」とは、選挙運動組織の一員として、ビラ配り、ポスター貼り、個人演説会、街頭演説等の動員、電話作戦等にあたる者の指揮監督を行う者、いわば前線のリーダーの役割を担う者

(3) 「その他当該選挙運動の管理を行う者」とは、選挙運動組織の一員として、選挙運動の分野を問わず、(1)、(2)以外の方法により選挙運動の管理を行う者をいい、たとえば、選挙運動従事者への弁当の手配、車の手配、個人演説会場の確保を取り仕切る等選挙運動の中で後方支援活動の管理を行う者

をそれぞれいうものと解される。

二  認定事実

前記当事者間に争いのない事実、成立の真正に争いのない甲第七号証の一、二、同第八号証ないし同第四五号証、同第四八号証ないし同第五〇号証、同第五三号証ないし六二号証、乙第八号証ないし同第一一号証、乙第二八号証及び弁論の全趣旨により成立の真正が認められる甲第四六号証、証人下ノ村秀樹、同梅森正義及び同三浦恒勝の各証言(ただし、後記採用しない部分を除く。)並びに被告本人尋問の結果(ただし、後記採用しない部分を除く。)によると、次の事実を認定することができ、右認定に反する乙第二九号証、証人下ノ村秀樹、同梅森正義及び同三浦恒勝の各証言及び被告本人尋問の結果は右関係採用証拠に照らして採用することができない。

(一)(1)  本件会社は、住宅の建築工事請負等、分譲住宅の販売並びに不動産の売買等を目的とし、青森市内に本店のほか、青森店(青森営業所、本店に併設)、東店(東営業所)及び西店(西営業所)を有する株式会社であり、平成四年七月、下ノ村が代表取締役に就任した。

(2)  被告は、本件選挙までに、青森県議会議員を四期務めていたものであるが、本件会社では、被告が代表取締役をしている株式会社森内畜産との間で不動産取引をしていたことや、同会社から不動産に関する情報を得ていたことなどから、青森県議会議員である被告を、本件会社が年二回主催するゴルフコンペに招待し、被告もこれに応じて本件会社の代表取締役らとともにプレーしていたが、本件会社がゴルフコンペに招待していた青森県議会議員は被告唯一人であった。

また、本件会社では、工事等に関する青森県あるいは青森市の許可や検査等が遅延した際には、同社特販部次長(平成五年四月から開発部次長)であった三浦を通じて、被告にその促進方についての口添えを願い出たりしており、また被告においても、同社に特定の女子の新規採用を依頼するなどのことがあった。

(二)(1)  下ノ村は、平成七年一月下旬ころ、日ごろから多数の顧客を紹介してもらっており、また、かねてより被告を当選させるべく熱心に支援していた奥崎正志(以下「奥崎」という。)から、来るべき本件選挙にあたって被告を支援してもらいたい旨の申出を受け、日ごろ本件会社が世話になっている奥崎の恩義に報い、その顔を立てることになるとともに、親しい政治家とつながりを持っていることは会社にとって有益であるなどと考え、来るべき本件選挙に向け、被告のため本件会社を挙げての選挙運動をすることを決意した。

(2)  下ノ村は、同年三月上旬ころ、被告の後援会事務所が設けられたことを知り、本件会社従業員に指示して清酒二本を準備させ(費用は同社が負担した。)、これに同社名を記した熨斗紙を付けて奥崎とともに右後援会事務所に持参した。

そして、下ノ村は、そのころ、被告のための選挙運動の方法について、同社の本社における朝礼の際に、被告を招いて被告に立候補の決意を表明させるとともに、これに出席した同社の従業員らに対し、被告のため投票及び投票取りまとめ等の選挙運動を依頼する挨拶をさせること、さらに、慰労会名目で同社の下請業者多数を集めて会食の席を設け、その席に被告を招き、出席した下請業者らに対し被告から前同様の挨拶をさせることなどの被告のため会社組織による選挙運動を展開することを思いつき、同年三月一六日ころ、同社取締役建設部長梅森に対し、本件選挙に際しては、「奥崎さんの顔をたてるため会社で森内先生を応援することにした。」と述べて、右方針により、本件会社を挙げて被告を支援する旨表明し、梅森もこれを了解した。

(3)  下ノ村は、被告の後援会事務所開きが同月一九日行われる旨の案内状が来ていたことから、同月一八日、梅森のほか、開発部次長の三浦及び本件会社青森営業所長花田孝(以下「花田」という。)に対し、右事務所開きへの出席方を指示し、ジュース類を届けてはどうかとの三浦の提案を了承して、その手配を三浦に任せ、同人は、女子従業員に指示して缶コーヒー等三箱を準備させ(費用は同社が負担した。)、これに同社代表取締役下ノ村名を記した熨斗紙を付けて同事務所に届け、翌一九日、下ノ村ら前記四名が被告の後援会事務所開きに出席した。

(三)(1)  下ノ村は、同日、後援会事務所から帰社した後、改めて梅森及び三浦に対し、本件選挙に際しては、本件会社の従業員を集めた朝礼及び同社の下請業者を集めた会食に被告を招き、被告に選挙に向けての挨拶をさせるなどの被告のための選挙運動を展開するとの方針を表明した。そして、朝礼については同月二八日に、会食については同年四月一日にそれぞれ設定することとし、三浦に被告の都合を確認することを指示し、また会食の場所、招く下請業者の選定、案内状の起案、会食の進行等については梅森に任せる旨指示するとともに、下請業者については、青森市選挙区に選挙権を有する青森地域の業者とすることを指示した。その際、梅森は、会食への同社からの出席者を、下ノ村、梅森及び三浦のほか、取締役総務部長安藤重嘉(以下「安藤」という。)、建設部次長西塚文行(以下「西塚」という。)及び建設部工務課長田附良裕(以下「田附」という。)とし、招く業者は五〇人位で、費用は一人五〇〇〇円位とし、会社の経費で出すこと、さらに、会食に出席した下請業者に被告の後援者名簿用紙を配布し、氏名を記入させて回収することを提案し、下ノ村はこれを了承するとともに、三浦に対し、本件会社従業員にも同様に被告の後援者名簿用紙を配布するよう指示した。

(2)  そこで三浦は、自ら被告に電話を掛け、被告に対し、「先生いつもお世話になっております。ミサワホーム青森の三浦です。四月一日先生時間取れますか。うちの方で業者さんを集めてごくろうさん会をやるので出席していただけますか。」と誘ったところ、被告は「午後七時三〇分以降なら取れます。」と答え、さらに三浦が「先生一人でいらっしゃいますか。」と聞くと、被告は「一人で行きます。」と答え、本件会社が四月一日に開催する慰労会名目の会食に出席することを了承したので、三浦はその旨を下ノ村に報告した。

さらに三浦は被告の後援会事務所にも電話を掛け、被告の後援者名簿用紙が欲しい旨要請した。

また、梅森と三浦は相談の結果、会食の場所を「三好屋」と決め、梅森が三浦に会場の手配を指示し、三浦において「三好屋」に会場を手配した。

梅森は、直ちに会食に招く青森地区の下請業者約五〇名の選考を行い、その上で西塚の意見を求め、業績等を考慮して数名について人選に加えたり人選から外したりするとともに、西塚に対して、会食に出席して司会をすることと田附にも会食に出席するよう伝えることを指示した。

ついで、梅森は、「株式会社ミサワホーム青森代表取締役下ノ村秀樹、連絡先は梅森正義宛迄」と両名の氏名が連記された下請業者に対する慰労会の案内状を起案し、建設部総括課(アフターサービス課兼務)従業員の坂内典子(以下「坂内」という。)に指示してワープロでこれを作成させて下ノ村に示したところ、同人はこれに「当日、森内勇様のご来席も予定いたしております。」との一文を付け加えさせた。

そして梅森は、坂内に右案内状の発送を指示し、同人と建設部アフターサービス課係長澤田博史(以下「澤田」という。)に宛名書きとその発送をさせたほか、同社の経理責任者である安藤に右案内状を示し、費用の捻出と会食への出席方を指示した。

また、そのころ下ノ村は、三浦に対し、三月二五日に行われる被告の選挙に向けた総決起大会に各営業所のチームリーダーを伴って出席するよう指示し、三浦は青森営業所、東営業所及び西営業所の各所長に対して、右大会に各営業所のチームリーダーを出席させるよう指示した。

(3)  三浦は、同年三月二〇日ころ、被告の後援会事務所から本件会社に届けられた被告の後援者名簿用紙を、同社従業員や下請業者に配布するため、必要部数をコピーし、そのころから同月下旬ころまでの間、従業員がこれに自己及び親族等の氏名を記入するようこれを本店従業員の回覧に供したほか、各営業所にも後援者名簿用紙、被告の後援会事務所から届けられた被告のポスター、被告の顔写真入り名刺等を届け、各営業所長に対し、ポスターについては各営業所に掲示し、名刺については従業員に配布し、後援者名簿については、従業員や親族の氏名を記入して三浦に送付するよう指示した。各営業所では、右指示に従って名刺や後援者名簿用紙を配布し、東営業所ではポスターを掲示した。

(4)  三浦は、同月二五日に開催された被告の総決起大会に各営業所のチームリーダーとともに本件会社を代表して出席し(費用は同社が負担した。)、同大会会場において、被告に対し、「二八日の朝都合取れますか。都合取れたら会社の朝礼においでになって挨拶して下さい。朝礼は午前九時三〇分からです。」と誘ったところ、被告は、「その時間でしたら空いています。」と答え、本件会社が同月二八日に開催する朝礼に出席することを了承したので、三浦はその旨を下ノ村に報告した。

そこで下ノ村は、三浦に対し、本件会社東営業所及び西営業所の従業員をも右朝礼に出席させるよう指示し、三浦は右各営業所長にその旨を指示した。

(5)  なお、四月一日に開催予定の慰労会の会場については、前記のとおり「三好屋」としていたが、三月二〇日ころ、会場が狭いとの連絡があったため、会場を変更することとなり、梅森が「アラスカ会館」を手配し、同月二七日ころ、前同様に坂内に指示して会場変更の案内状をワープロで作成させ、宛名書きをさせたうえで、これを発送させた。

また、慰労会の費用を本件会社が支出するための社内の稟議書は、梅森の指示により三浦が起案したが、下請業者を招待する関係上、建設部の所管となるので、西塚次長の署名押印を経たうえ、同月二七日、安藤総務部長がこれを決裁した。

(四)(1)  同年三月二八日午前九時三〇分ころから、本件会社の一階ロビーにおいて朝礼が開かれ、下ノ村、梅森、三浦、安藤、西塚ら同社の幹部や同社東営業所及び西営業所の従業員を含む本件会社従業員約六〇名が出席した。下ノ村は、右朝礼において、同社の営業成績等の話をした後、そのころ到着した被告を同社従業員に紹介し、「森内先生は会社で応援することにしました。」と述べ、続いて被告が挨拶に立ち、自己の政策等の話をした後、「是非とも当選させて下さい。四月九日の投票日には皆さんよろしくお願いします。」との挨拶をした。その後さらに下ノ村が、同社従業員に対し、「是非とも森内先生が当選して頂けるように皆さん応援して下さい。一〇〇人の人が一人一〇人に声をかけて下されば一〇〇〇票になるのですからよろしくお願いします。」などと述べた。そして被告の随行者が、同社従業員に被告の顔写真入りの名刺を配布し、被告自身も従業員と握手するなどして退席した。

(2)  なお、同日ころ、西塚は田附に対し、四月一日の会食に出席するよう指示し、また、梅森は坂内に対し、右会食への下請業者の出欠を確認するよう指示し、坂内は澤田とともに右確認作業を行った。

(3)  四月一日午後七時ころから「アラスカ会館」において、「ミサワホーム指定業者ご苦労さん会」と称する会食が三十数名の下請業者が出席して開かれた。梅森はあらかじめ西塚に対して、会場での下請業者の出欠の確認を指示し、これに従って西塚及び田附が会場受付において下請業者の出欠の確認をし、出席者を会場内に案内するなどしていたところ、奥崎が被告のパンフレット、ちらし、名刺等を持参してきたことから、梅森は本件会社において用意した被告の後援者名簿用紙等を入れた封筒に右パンフレット等を同封することとし、西塚及び田附もこれを手伝った。

会食は、司会役の西塚の開会の挨拶で始まり、続いて、梅森が挨拶に立ち、事業計画の達成見込み等の話をした後、「後程、日ごろ当社がお世話になっている森内先生もお見えになりますのでよろしくお願いします。」などと被告が出席することを下請業者に話し、その後下ノ村の指名により安藤が乾杯の音頭をとって飲食が始まり、午後八時近くになって被告が会場に到着し、正面中央の席に着座した。下ノ村の紹介に続いて、被告が、挨拶に立ち、自己の実績等の話をした後、「前回トップ当選したが今回どうなるのか分からないのが選挙です。皆さん是非とも応援して下さい。四月九日はよろしくお願い致します。是非とも当選させて下さい。」などと述べた。その直後さらに下ノ村が出席者に対し、「当社としては今回の選挙で森内先生を応援しています。是非先生に当選して頂きたいと思っています。四〇人の方が一人一〇人紹介して下されば四〇〇票になります。皆さんよろしくお願いします。」などと挨拶した。

そして被告は出席していた下請業者にビール等を注ぎ、握手するなどして午後八時二〇分ころ退席した。

その後、三浦は出席者に対し、被告の後援者名簿用紙に自己や親族の氏名を記入して三浦宛に送ってもらいたい旨説明し、梅森は西塚及び田附に対し、右後援者名簿用紙等が入った前記封筒を配るよう指示し、同人らは三浦とともに下請業者にこれを配った。

(4)  その後、右後援者名簿用紙の回収が芳しくなかったことから、同年四月六日、梅森、三浦及び奥崎が直接下請業者方を回ることを相談し、梅森が、翌七日、日中には奥崎及び被告の妻を、夕方には被告の兄をそれぞれ伴って下請業者方を戸別に回り、被告の後援者名簿用紙、パンフレット、名刺等を配布して投票及び投票取りまとめを依頼した。

梅森は、翌八日の本件会社の朝礼において、集まった同社従業員に対し、「明日は棄権せずに投票して下さい。」と暗に被告への投票を呼びかけた。

三  法二五一条の三第一項の要件該当性について

1  「選挙運動」が行われたことについて

前記二認定の事実に照らして検討するに、下ノ村が本件選挙においては被告を応援することを表明し、その方法として朝礼及び慰労会名目の会食を計画し、梅森、三浦らをしてその設営の準備をさせ、朝礼においては多数従業員の前で、会食においては多数下請業者の前で、いずれも被告に挨拶する場を提供し、下ノ村自らも被告への投票及び投票の取りまとめを訴えた行為、会食の席上で三浦らが被告の後援者名簿用紙を被告のポスター等とともに下請業者らに配布し、会食後、梅森が被告の妻や兄らとともに下請業者方を訪ね、被告の名刺等を配布するなどして、被告への投票及び投票の取りまとめを依頼した行為、また、三浦が後援者名簿用紙を社内で回覧するとともに、各営業所に被告のポスターとともに配布し、梅森が投票日前日の本件会社の朝礼において、棄権することがないよう呼びかけた行為等は、その行為がなされた時期、場所、方法、対象等を総合的に観察すると、本件選挙における被告の当選を目的として、同選挙の際の被告への投票及び投票の取りまとめを依頼する趣旨でしたものにほかならず、選挙運動に当たるというべきである。

2  右選挙運動が「組織」により行われたものであることについて

(一) 前記二認定の事実によると、右朝礼及び会食の設営は、本件会社の代表取締役である下ノ村が発案し、同人が同社の幹部である建設部長の梅森及び開発部次長の三浦に対し、会社を挙げて被告を支援する旨の方針とその計画の内容を宣明し、その了解を得たうえで、三浦をして被告との日程調整、朝礼への東営業所及び西営業所従業員の召集の任に、梅森をして会食場所の確保、召集する下請業者の選定、会食の運営等の任にそれぞれ当て、三浦が被告との日程調整を行い、右各営業所長に営業所従業員の朝礼への出席を指示して出席させていること、右朝礼は同社の業務の一環であり、同社の幹部を含め、多数の従業員が出席していること、その場において下ノ村が、被告を会社で応援することにした旨宣明していること、梅森が会食の場を「アラスカ会館」に設営し、下請業者を選定し、部下従業員に指示して下ノ村及び梅森連名の案内状の作成、送付、出欠の確認を行わせていること、西塚に指示して、当日の受付、司会進行役を行わせていること、右会食は同社の業務の一環として、下ノ村、梅森、三浦、安藤、西塚及び田附ら幹部が出席して行われていること、右費用は総務部長の安藤の決裁を経て同社の経費から支出することにしたこと、会食の場で下ノ村が被告を会社で応援することにしている旨宣明していること、梅森が被告の後援者名簿用紙を右会食の場で下請業者に配布することを提案し、下ノ村がこれを了承した上で、同社従業員に配布するものを含めてその準備を三浦に指示し、同人がそれに従って準備し、社内回覧に付するとともに、各営業所にも被告のポスター等とともに配布し、各営業所従業員に自己の氏名等を記入させて回収し、営業所内において名刺を配布させ、東営業所においてポスターを貼付させたこと、梅森が会食の席上、西塚及び田附に指示して被告のパンフレット等とともに封筒に入れられた被告の後援者名簿用紙を三浦とともに下請業者に配布させたこと、その他被告の後援会事務所開き、総決起大会、当選祝等に下ノ村、梅森、三浦、花田ら本件会社の幹部が出席し、同社名記載の熨斗紙を付した品物を届け、費用はすべて同社が負担していたこと等に照らせば、本件会社の代表取締役である下ノ村並びに同人を頂点とした梅森、三浦、安藤、西塚及び田附ら同社の幹部が、本件会社の指揮命令系統を利用して、被告を当選させる目的のもとに、それぞれ朝礼及び会食の設営、被告の後援者名簿用紙等の配布等につき役割を分担し、相互の力を利用し、協力し合って、同社の従業員及び下請業者に対して組織により選挙運動を行ったものであると言わざるをえない。

(二) 被告は、いわゆる新連座制適用の前提となる「組織」とは、公職の候補者等自らがその「組織」もしくは総括者に働きかけ、選挙違反行為を中止し得るだけの人的結びつきがあり、公職の候補者等の指示を受け入れる関係が存在しなければならないとして、本件につき「組織」に当たらない旨主張する。

しかし、法二五一条の三第一項にいう「組織」とは、特定の公職の候補者等を当選させる目的の下に、複数の人が、役割を分担し、相互の力を利用し合い、相互に協力し合って活動する実態をもった人の集合体であり、会社についてみれば、その構成員のうち当該選挙運動に関与している部分が組織としての実態を有していれば、その部分で「組織」が成立していると解すべきであり、公職の候補者等自らがその「組織」もしくは総括者に働きかけ、選挙違反行為を中止し得るだけの人的結びつきがあり、公職の候補者等の指示を受け入れる関係が存在しなければならないものではないことは前記説示のとおりであり、本件についてみれば、前記認定のとおり、少なくとも下ノ村、梅森、三浦、安藤、西塚及び田附ら同社幹部において「組織」を形成していたことは明らかであるから、被告の右主張は採用することができない。

3  下ノ村らの「選挙運動管理者等」の該当性について

(一) 前記二認定の事実によると、下ノ村は、朝礼に被告を招き、会食を設営して被告を招き、それぞれの場で被告に立候補の決意と支援を要請する挨拶をさせること等を発案し、朝礼は三月二八日に、会食は四月一日にそれぞれ設営すること、朝礼の場に他の営業所従業員をも参加させること、会食に集める下請業者の選定については、青森地区の業者とすること、下請業者に対する案内状に被告の出席も予定している旨の一文を付け加えること等をそれぞれ指示し、また、個々の選挙運動の是非についても判断していた者であると認めることができるから、下ノ村は、「当該選挙運動の計画の立案若しくは調整を行う者」に該当するというべきである。

(二) 前記二認定の事実によると、梅森は、西塚に対し、会食に関する稟議書の作成、受付や司会、被告の後援者名簿用紙等の下請業者への配布等を指示するとともに、三浦に対し、会食の場所の手配等を指示し、三浦は、各営業所長に対し、被告の後援者名簿用紙への従業員らの氏名の記入、名刺の配布、ポスターの貼付、営業所従業員の朝礼への出席等を指示し、それぞれ実行させた者であると認めることができるから、梅森及び三浦は、それぞれ「当該選挙運動に従事する者の指揮若しくは監督を行う者」に該当するというべきである。

4  「意思を通じて」について

(一) 前記二認定の事実によると、本件会社の代表取締役であった下ノ村が組織の総括者に該当することは明らかである。

(二) 前記二認定の事実によると、本件選挙に際して、被告は、三月一九日ころ、本件会社の開発部次長の三浦から四月一日の同社の下請業者を集めての会食への出席について都合を聞かれ、これに出席する旨答えていることが認められる。

被告は、一貫して会社で挨拶させてくれるのは下ノ村の個人的意向であると考えており、本件会社が組織的に支援してくれるとは考えていなかった旨供述している。しかし、被告に対し出席を求めてきたのが同社幹部である三浦であったことや三浦の発言の内容に照らすと、被告は、右会食が本件会社の行事として行われるものであり、これが同社の代表取締役である下ノ村の意向によるものであって、下ノ村が個人的に行うことができる事柄ではなく、また、会食の設営の準備等の関係からしても、下ノ村や三浦を含む同社の幹部らが相談し、役割を分担することによって会食が設営され、これへの被告の出席が求められたということを十分に承知したものと推認することができ、被告は被告のため票集めを目的として組織により会食の設営等が行われることについての認識を有していたものと認めざるをえない。

(三) さらに前記二認定の事実によると、被告は、三月二五日に開催された被告の総決起大会の会場において、右三浦から同月二八日の本件会社の朝礼への出席について都合を聞かれて、これに出席する旨答えていることが認められる。

被告は、この点についても、一貫して前同旨の供述をしている。しかし、右朝礼も本件会社の行事として同社従業員を集めて行われるものであることは明らかであり、このような朝礼を設営し、これに被告の出席を求めて挨拶させることが本件会社の代表取締役である下ノ村の意向によるものであって、下ノ村が個人的に行うことができる事柄ではなく、下ノ村や三浦を含む同社の幹部らが相談し、役割を分担することによって設営され、これへの被告の出席が求められたということが容易に推察できることは会食の場合と同様であり、加えて、被告の出席を求めてきたのが前記三浦で、しかもそれが、被告の総決起大会の場であり、その際には、被告は既に前記会食への出席を了解していたこと等の事実に照らすと、被告は、下ノ村や三浦を含む同社の幹部らが相談したうえで、朝礼への出席が求められたということを十分に承知したものと推認することができ、朝礼の設営が被告のため票集めを目的として組織により行われることについての認識を有していたものと認めざるをえない。

(四) 前記二認定の事実によると、三月二八日に開催された本件会社の朝礼において、下ノ村が被告を紹介し、会社の組織を挙げて被告を応援することになった旨を宣明し、被告はこれらを聞いたうえで、自己の政策等を述べるとともに、本件選挙における投票の依頼をしたことが認められ、この事実と右(二)及び(三)に認定のとおり被告が朝礼や会食の設営が被告のため票集めを目的として組織により行われることについての認識を有していたと認めざるをえないことをあわせ考慮すると、被告は、遅くとも朝礼の場において、本件会社における組織の総括者である下ノ村との間で、被告のため票集めを目的とした選挙運動が組織により行われることについて相互に認識をし、了解し合ったものと認めることができ、下ノ村と被告は組織により選挙運動を行うことにつき、意思を通じたというべきである。

5  以上のとおりであるから、下ノ村、梅森及び三浦は、いずれも「組織的選挙運動管理者等」に該当するものと認められる。

四  被告の主張について

1  被告は、(ア)下ノ村ら三名について、供応罪は成立しない。(イ)本件訴訟において、原告から証拠として提出されている下ノ村ら三名の刑事事件における検面調書等は、「組織的選挙運動管理者等」の本件訴訟の争点について、被告が全く防御の権利を行使することができないまま作成されたものであり、被告の反対尋問権が保障されていない以上、証拠価値はなく、反対尋問権が保障されていない検面調書等によって下ノ村らが組織的選挙運動管理者等であると認定することは憲法三一条、三二条、一五条に違反する旨主張する。

しかし、法二五一条の三第一項は、右規定による当選無効等訴訟において、受訴裁判所は、組織的選挙運動管理者等について法二二一条所定の選挙犯罪を理由とする処罰の存否を審理判断すれば足り、そのほか、さらにその犯罪の成否そのものについてまで審理判断すべきことを定めた趣旨ではないと解するのが相当であることは前記説示のとおりであるから、被告の主張(ア)は採用することができない。

また、本件記録によると、本件訴訟において、原告から下ノ村ら三名の本件選挙違反に係る刑事事件における検面調書(甲第七号証の二、同第八号証ないし同第二五号証、同第五七号証ないし同第五九号証)等が証拠として提出され、特に下ノ村ら三名の検面調書は下ノ村ら三名が「組織的選挙運動管理者等」に該当するか否かという本件訴訟の争点に係わる枢要な証拠であるところ、原告が組織的選挙運動管理者等に該当すると主張する下ノ村、梅森及び三浦については、いずれも本件訴訟において被告申請の証人として尋問されており、被告には、これらの検面調書の内容に関して原供述者に対し尋問することによって弾劾する機会が与えられたほか、被告本人尋問によって、本件訴訟の争点について被告に防御の機会も与えられたことは本件訴訟の経過に照らし明らかである。してみると、これらの検面調書等に証拠価値がないとはいえず、これらの検面調書等が下ノ村らが組織的選挙運動管理者等であると認定する証拠に供されることに所論の違法はないというべきであるから、被告の主張(イ)も採用することができない。

2  被告は、下ノ村らに対する一連の捜査は、被告の追い落としだけを目的として恣意的に行われたものであるから、本訴請求は裁量的に棄却されるべきである旨主張する。

しかし、下ノ村らに対する一連の捜査が、被告の追い落としだけを目的として警察の責務を放棄して恣意的に違法に行われたものであることを認めることはできないことは前記認定のとおりであるうえ、そもそも右のような事柄が法に基づく当選無効等の請求を裁量的に棄却すべき事由になるものと解することはできないから、被告の右主張も採用することができない。

3(一)  被告は、法二五一条の三の規定は、「組織」、「組織的選挙運動管理者等」の文言があいまいで、その内容が不明確であるから、憲法三一条に違反し、無効である旨主張する。

しかし、「組織」、「組織的選挙運動管理者等」の要件については、前記説示のとおりと解すべきところ、その概念内容があいまいであるとはいえないというべきであり、法二五一条の三の規定が憲法三一条に違反するとの主張は前提を欠くというべきであるから、被告の右主張は採用することができない。

(二)  被告は、法二五一条の三の連座制は、立候補の自由・政治活動の自由、投票者の選挙権を著しく害し、国民主権に反するものとして違憲無効である旨主張する。

しかし、法二五一条の三の連座制は、組織による選挙運動において、法二五一条の三掲記のような犯罪行為が行われる実態に鑑み、選挙における腐敗防止を徹底するために、組織的選挙運動管理者等を連座制の対象者として、連座制の適用範囲を拡大し、選挙腐敗行為を防止する義務を公職の候補者等に課し、選挙浄化のための努力を怠った公職の候補者等に対し、制裁を課すことにより選挙の公正を実現するところにその趣旨があり、選挙実態に照らして合理性があるものであり、その規制手段についても、一定の者が重大な選挙犯罪を犯し、犯情の重い場合に限って公職の候補者等に当選無効等の効果を生じさせる反面、おとり、寝返りの場合のほか、公職の候補者等が当該組織における選挙腐敗行為の発生を防止するための相当の注意を尽くしたときには、連座制の適用が除外されることとしているのであって、その目的に照らして、その手段において合理性があり、その規制の範囲も必要最小限のもので相当であるというべきであり、これと異なる見地に立って法二五一条の三が所論憲法各条に違反するとの被告の主張は採用することができない。

(三)  被告は、法二五一条の三は、「組織的選挙運動管理者等」の範囲を、選挙運動の総括主宰者、出納責任者に準じる選挙運動で極めて重要な役割を果たしたものと限定的に解釈する限りで合憲となり、同条が、下ノ村らの行為に適用される限度において、制限としては合理的で必要やむをえない限度を超え、憲法一五条等に違反し無効である旨主張するが、法二五一条の三が所論憲法各条に違反するとの被告の主張は採用することができないことは前記説示のとおりであるから、被告の右主張も採用することができない。

(四)  被告は、当選無効とされるおそれのある当選人は、本来、他人の選挙犯罪による刑事訴訟手続に参加したうえ実質的に弁解防御できるようにすることが、適正手続の観点から要求され、少なくとも、当選無効、立候補禁止を求める訴訟において、他人の選挙犯罪の刑事判決が確定していても、公職の候補者等自身の権利として、他人の選挙犯罪の成否について、あらためて弁解防御の機会が与えられるべきであり、本件訴訟手続において、検察官側の検面調書が証拠として提出されている一方で、被告は下ノ村らの刑事訴訟手続に証人として喚問されていないどころか、十分な検面調書もとられていないのに、被告による検察官に対する証人請求は受け入れられておらず、仮に右検面調書により事実認定が行われるとすれば、被告は、下ノ村らの選挙犯罪の成否について、実質的に弁解防御を試みることができるような機会が全く与えられないことになり、かかる訴訟手続によって被告に当選無効、立候補禁止という重大な不利益を課すことは、告知弁解防御の機会を保障する憲法三一条に反する旨主張する。

しかし、法二五一条の三第一項は、右規定による当選無効等訴訟においては、受訴裁判所が、組織的選挙運動管理者等について法二二一条所定の選挙犯罪を理由とする処罰の存否を審理判断すれば足り、そのほか、さらにその犯罪の成否そのものについてまで審理判断すべきことを定めた趣旨ではないと解するのが相当であることは前記説示のとおりであり、そのように解しても、同条が所論憲法の規定に違反するものでないことは、最高裁昭和三六年(オ)第一一〇六号昭和三七年三月一四日大法廷判決・民集一六巻三号五三七頁の趣旨に徴して明らかであるから、被告の所論違憲の主張は採用することができない。

第四結論

以上によると、法二一一条一項に基づく原告の本訴請求は理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 原健三郎 伊藤紘基 杉山正己)

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